たの子の旅の話

アジアの国はたいていそうなのだが、パキスタンも例外ではなく、だからこのバスも暴力的なまでのスピードで疾走した。けたたましくクラクションを鳴り響かせながら、次々と前の車を追い抜いていく。片道一車線の狭い道路は一応舗装されているものの、ガードレールなどはなく、横はすぐに砂漠である。なんでそんなに急ぐ必要があるのか、などと考えてはいけない。時間のムダである。そう決まっているのだ。腹が減ったらメシを食らい、泥酔したら寝る。そのくらい自明のことなのだ。

このパキスタンの旅では、北部の中国国境から入国して南下するルートをとった。北のフンザやギルギットでは7000メートル級の美しい山々を間近に楽しんだ。おお、ここが宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』の舞台になったといわれる場所か、さすがにすばらしいと感動し、心清らかに1日中ボーッとしながら鼻くそをホジったり、気が向くとテントを担いでトレッキングに出かけて危うく遭難しそうになったりしていた。

標高の高いそんなエリアの移動はたいへんな恐怖を伴うものだった。かたや岩山、かたや急斜面のくねくねとした道をジェットコースターよろしくバスで駆け抜けるのだ。落ちたらそれこそ一巻の終わりではないかというような狭い道路を、運転手は何を考えているのか知らないが、対向車線にはみ出しては戻り、また横に出ては引っ込みと、前を走る車を追い越すことに血道をあげている。やめろやめろやめろ、コラ、ボケ、運転手のドアホ、イテまうぞ、と僕は心の内で叫ぶのだが、それはただむなしいだけだった。

バスが転落して死傷者が何人も出たという情報を旅行者から得ていた。事実、崖の下の河原に哀れにひっくり返ったバスを何度か見た。それに比べれば、いま乗っているバスはたとえハンドルさばきを誤ってもせいぜい砂の中に突っ込むだけだから、気持ちはいくぶん楽ではある。楽ではあるが、ただそれでも対向車とぶつかる可能性は十分あり、実際何度もヒヤッとさせられた。

たの子
ライター
1969年京都生まれ、宮崎育ち。男。
学生時代からアジアを中心に海外をブラブラし、
人生もブラついたままとりあえず酒を飲む毎日。

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