深夜鈍行はチンタラ走る


暗闇の中からバスがのっそりと現れたのは、何時ごろだっただろうか。あたりはまだまっ暗だ。車内に乗客はいない。どうやらこのバスで病院かどこかに連れていかれるらしい。ぞろぞろと人々が乗り込み始める。自力で歩ける人もいれば、両脇から抱え込まれるようにして乗せられる人もいる。遅れまいと自分も立ち上がる。

ふとその時、気がついた。荷物がない! バックパックは乗車する時にバスの屋根に積んだのだった。急にあせり出す。荷物は無事なのだろうか。近くにいた男に尋ねると、運よく英語が通じた。「心配ない」と男は言った。あとから運ばれてくるから大丈夫だ、とまるでバス会社の従業員でもあるかのように自信たっぷりだ。ああ、よかった、それならひと安心だ。

って、そんな話が信用できるわけないだろう! いま確保しておかなければ、なくなるに決まっている。ちょっとでもスキを見せれば、確実に消える。荷物は常に目の届くところに置いておくというのは貧乏旅行者の常識である。

とはいえ、それほど遠い距離ではないものの、横倒しになったバスまで自力で探しにいく体力も気力もない。僕はその男にバッグの色や大きさなどを伝えて、探してきてもらえないかと頼んだ。男はだが、大丈夫、心配ないという。

いや、でもどうしても持ってきてほしいんだと懇願する。信用ならないんだよ、とは当然言えるはずもなく、年老いた両親からの大切な手紙が入っているんです、とウソをついた。異国の地でケガをしながらも親を思う息子の気持ちが伝わったのか、それとも頭から血を流しながら必死の形相で訴える外国人を哀れに思ったのか、彼は「わかった」と言い、バスに向かってくれた。すぐにバッグが見つかったのは、本当に不幸中の幸いであった。

たの子
ライター
1969年京都生まれ、宮崎育ち。男。
学生時代からアジアを中心に海外をブラブラし、
人生もブラついたままとりあえず酒を飲む毎日。

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