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■キレイゴトではない出会いこそ「大人の旅」?■
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澤畑: |
ところでさ、旅人をむかえるというのも楽しいね。とつぜん電話がかかってきて、「いまどこにいるんだよ」というと日本にいるんだとかで、アメリカにいるはずのアメリカ人がトツゼン泊まりに来てくれるとか。迎えてもおもしろいよね。旅人も、知らない土地で、迎える人がうれしがるのを見てよろこぶということがあるのかね。 |
風太: |
うん、それはあるね。だけど、用心深い、このひと本当に信用できるかという眼で見る。 |
澤畑: |
ああ、だけど、それもおもしろい。 |
山本: |
つねになんとなくうしろの方で逃げ道を考えておいて、なにかあったときのために、こういうことがおきる可能性があるからそういうときはこういうふうにしてとか考えながら、少しずつ近づいていって、そろそろ近づいていって、最後の段階でもうお別れというところで、ああこのひとは本当にいい人だったという瞬間とかあって、それはそれですごくおもしろい。 |
澤畑: |
そうだよな。 |
風太: |
それはまさに旅だよね。 |
山本: |
どうしても、どこかに疑いの心を持ちながら人に接していくという。 |
(オオッ、疑いを持ちながらのコミュニケーション、まさにそれが大人のコミュニケーションというものだろう。消費としての旅ではありえない人との出会いが旅人の旅にはある。)
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